ランドスケープアーキテクト 白砂 伸夫氏

横浜市の「第33回全国都市緑化よこはまフェア」で統括アドバイザーを務め、山下公園の「未来のバラ園」と港の見える丘公園の「イングリッシュローズの庭」や「香りの庭」の改修デザインに携わる。街とバラの関わりの歴史を踏まえ、「新しい見方」を提案。著書に『THE ROSE GARDEN』『イングリッシュ・ローズ(ガーデニング大好き)』等。

「美の文明」の本質、それは ”Less is more.”

「日本人ほど自然を理解し、一万年の悠久の時の中で共に生き、「美の文化」を創り上げてきた国は他に類をみません。四季の変化は生活のリズムとなり、食や作法といったしなやかな独自の住まい文化をつくりあげました。文学、絵画、芸能、茶道、華道、庭園といった日本に形を与えてきた芸術はすべて、深い畏敬と感謝の精神を育んできた自然そのものへの帰依であるということに気がつきます。

その中でも「花」は日本の精神風土の美の頂点をなすものとして、私たち日本人の暮らしと心に寄り添い続けてきました。源氏物語では「花」は情景を表現するだけではなく、たとえば紫の上は樺桜、玉鬘は山吹と喩えられ、人物を「花」の美として表現しています。能の神髄を「花」という言葉で言い表した世阿弥、一輪のアサガオの「花」に茶の精神と美学を表現した利休も、また然りです。

日本は、この「自然を慈しむ心」を世界に誇れるアイデンティティとして認識した上で、科学技術の応用を活かし、独自の「美の文明」を構築して初めて、日本ならではの「環境立国」としてのブランドを確立することができるのではないでしょうか。歴史を振り返ってみても、江戸時代の頃の東京は、世界一番の自然が美しい100万人都市として、海外からの衆目を集めていました。自然と共生することを第一義とした素朴だけれども豊かな暮らし、寺子屋の仕組みが全国に広がったことによる高い識字率。

当時、西洋では産業革命によって科学技術の発展によって物質文明が急激に発展した一方で、環境破壊による健康衛生問題、児童労働問題等が発生していました。そんな社会背景を持つ西洋人の目からみたら、花とみどり、水などの自然資源豊かな日本の中心地として栄えた江戸の街は、とても美しくみえたのでしょう。」

そういえば、長崎出島からは浮世絵が西洋に渡って、ジャポニズムとして印象派に大きな影響を与えた。東京が、モデル都市として、文化都市として、世界の衆目を集めた江戸時代。私たちが構築していくべき日本ならではの「美の文明」の核は、物質文明に寄り過ぎず、自然と共生する美意識の中にありそうだ。

「吾、唯ダ 足ルヲ 知ル」

「西洋文明が必ずしも是でないことに、気づくことが大切です。”武器を鋭くしすぎてはいけない”との、老子の言葉があります。何事も、先鋭化し過ぎてはいけないのです。AI等の科学技術が最先端だからといって、必ずしもよいわけではないのです。」

そういえば、私たちが技術革新について語る時、生命倫理の議論や、技術の社会的実装をする時の安全性等の議論は必ず避けることができない論点として挙がる。フクシマの原発問題も、その一つのように思える。

「人間の欲望は、果てしないものです。幸福感を得られると錯覚し、心の文明を忘れ、ひたすら物質文明を追い続けてきた結果、私たちの地球は気候変動という未曽有の問題を引き起こしています。私たち人間は、大きな地球の生命体の、小さな一部の生命体であることを、決して忘れてはいけません。もう一つ、老子の教えに” 知足者富”という一節があります。”満足を知っていることが、真に富むこと”であるという意味ですが、この教えは京都の龍安寺の禅語「吾唯足知」として、方丈北側に在る、つくばいに刻まれていますよ。」

幸福感をどこに見出すことができるのか。それは、私たちが自身の立脚点をどの価値観に置くのかに拠るのかもしれず、その答えは決してひとつではないながらも、自身が満足をする尺度の持ち方が大切になってくるのかもしれない。実際に、龍安寺のつくばいを観にいってみると、おもいろいことに気がついた。「吾唯足知」の中心が、「口」なのだ。なんたる宇宙観の偉大さよ。

生命体のエコシステムを、地球規模で考えてみる

白砂先生の「人間は、大きな地球の生命体の、小さな一部である」との考え方は、SDGs自治体モデル都市として採択された横浜市の「ガーデン・シティ」構想の根幹を為す。都市は地球の癌となるのではなく、庭園都市として地球の一部とならなければならない。その想いを軸に、ランドスケープアーキテクトとして山下公園の「未来のバラ園」と港の見える丘公園の「イングリッシュローズの庭」や「香りの庭」の改修デザインに携わったという。

また、統括アドバイザーを務められた横浜市の「第33回全国都市緑化よこはまフェア」(2017年)で、山下公園だけでも約10万人の集客に成功した花とみどりのイベントである「ガーデン・ネックレス」の名前に込めた想いも、また深い。

庭園都市が複数に渡ってデザインされて、それらを繋げていくことによって、都市が自然と共生して地球の一部となる割合が大きくなり、結果として、日本は日本ならではの環境立国として「美の文明」を築いていくことができ、世界に発信していくことができる。私たちが、人間単体のWell-Beingだけではなく、地球全体のWell-Beingで考える、パラダイムシフトを起こす時が来た。それを世界に「美の文明」として明示していくことは、自然と人間の調和の奏を大切にしてきた日本の大切な役割なのかもしれない。